辺野古移設に強い反対を主張して来た沖縄県の翁長前知事が亡くなったというニュースに驚きを感じた人も多いでしょう。
 
また、翁長前知事のニュースを見てもう一つ驚いたことがある人もいるかと思います。
 
それは、翁長前知事がまだ67歳の若さだったということ。
 
もちろん、67歳の若さで亡くなったことに対する残念な気持ちもありますが、それ以上に『翁長前知事ってもっと歳をとっているように見えた』と感じた人も多いのではないでしょうか。
 
そこで今回は、沖縄県の翁長前知事が亡くなった原因や苦労の数々、そして翁長前知事の死去に伴う今後の沖縄県について詳しく探っていきましょう。


Sponsored Links


翁長前知事の死去のきっかけとなった病気のすい臓がんとは

がんの中でもすい臓がんはサイレントキラーだという話を聞いたことがある人も多いでしょう。

今や日本人の2人に1人は何かしらのがんになる可能性があると言われている日本ですので、当然がんに対する医療の進歩はめまぐるしいものがあります。

ですが、それでも肝臓や胃のような大きな臓器に囲まれているすい臓のがんを早期に発見することはなかなか難しいとされています。

すい臓は、胃の後ろに隠れるようにして存在する20センチほどの臓器。

人間ドックや健康診断のような体全体の検査では、なかなか簡単には発見できないようですね。

すい臓がんは40歳を過ぎた頃からの発症が多く、60歳を超えた頃から急激に患者が増えると言われています。

また、原因は飲酒や喫煙、生活習慣の乱れとも言われています。

残念ながら、翁長前知事が飲酒や喫煙を好んでいたという情報は見当たりませんが、在日米軍の飲酒運転問題やゴミのポイ捨てなどに遺憾の意を示していた翁長前知事が、病気にかかるほどの飲酒喫煙をするとは考えづらいですよね。

そもそも、飲酒や喫煙、生活習慣の乱れはすい臓がんに限らず、他のがんや生活習慣病にも挙げられる原因です。


Sponsored Links


つまり、すい臓がんの死亡率が高く実際に翁長知事の命を奪ったのは強い原因があるというよりは、やはり早期発見が難しいところにあるのでしょう。

翁長前知事に黒い噂?娘の結婚相手とされる中国人の正体とは!?沖縄県民から得る絶対的な支持とその裏側に迫る!

翁長前知事には、中国に関する黒い噂が常につきまとってきました。

特に、『翁長前知事の娘婿は中国人』という記事に衝撃を受けた人も多いのではないでしょうか。

このネタは、翁長前知事の娘の結婚相手が中国太子党の幹部の息子だという情報でした。

ですが現在、翁長前知事の二人の娘さんはどちらも国内に住み働いていることや、そもそも本人が否定していることからも、このネタはガセネタでしょう。

ではなぜ、翁長前知事の娘婿は中国人であるというような噂が流れたのか。

それは、翁長前知事が中国を訪れた際に『尖閣諸島問題についての言及をしない』と述べたことが原因と考えられています。

当然ですね。

日本の保有権を主張しないということは、中国の肩を持っていると思われても仕方がないでしょう。

ちなみに、翁長前知事の娘婿とされる男性が娘さんと一緒にいる写真を撮られたり詳しい相手のプロフィールが公開されたりしたこともありません。

つまり、【翁長前知事は中国太子党の幹部とつながりがあるために、中国の肩を持っている】というネタに尾びれ背びれがついて、子どもたちの結婚話にまで繋がったのでしょう。

メディアとは想像力が豊かですよね。

そんな翁長前知事は、どんなにメディアで黒い噂を流されても沖縄県民からの信頼は厚いものがあります。

その理由はひとえに在日米軍基地の普天間移設問題にあるでしょう。

2014年に沖縄県知事に就任して以来、亡くなるまで一度も意見を変えることなく基地の移設に反対をしてきました。

それだけではなく、在日米軍が問題を起こすごとに基地の必要性を協議してきた翁長前知事。

沖縄県民を守ることに尽力していたことは、沖縄県民だけではなく本土の県民にも伝わってきましたよね。

さらに、翁長前知事の父親である翁長助静氏、長兄である翁長助裕氏や次男である雄治氏も翁長前知事と同様に沖縄県の政治家として尽力をしてきました。

大きなスキャンダルひとつなく、自分の父親や兄弟、さらには息子という三代が沖縄県の政治家として活躍する姿は、もはや翁長前知事だけではなく翁長家への信頼につながっているのですね。

翁長前知事、突然の死去報道に知事選前倒しも検討中。後任候補は?

翁長前知事の任期満了に伴う知事選挙は当初、今年の11月1日告示、そして18日に開票の予定でした。

ですが、翁長前知事が8月8日の任期中に亡くなってしまったとなると当然、知事選は前倒しになります。

現在は副知事である謝花氏が職務を代行しているわけですが、いつまでも代行知事では務まらない沖縄県は、9月に前倒しの知事選を行うことに決定しました。

口外こそされていなかったものの、周囲は翁長前知事の知事生命が長くないことは察していたはず。

事実、翁長前知事が職務を委託し始めてから、後任候補として名前が挙がっているのは現在、職務を代行している謝花副知事。

翁長前知事の最側近であり公的な場に顔を出すことが多かった彼が、もっとも有力候補と言えるでしょう。

翁長前知事の息子は、名前こそ挙がっていますがまだ31歳という若さですので、市議として経験を積むことを自分も周囲も重要視しているでしょう。

ですがやはり、沖縄県民とするとやはり息子である雄治氏が知事として候補に挙がることを期待してやまないでしょうね。

翁長前知事のかつらはいつから被っていた?取るきっかけになったのは?

翁長前知事を見てかつらではないかと勘ぐったことがある人は多いはずです。

実際、翁長前知事はかつらをかぶっていました。

時期ははっきりとはわかりませんが、2015年10月に雑誌にてかつら疑惑を取り上げられています。

この雑誌の記事では、翁長前知事がかつらをかぶり始めたのは20代の頃からと載っていますが、写真が公開されているわけではありませんので、真偽は定かではありませんしオシャレを楽しむためである可能性もありますね。

ですので、闘病生活によってかつらを必要とし始めたのは2015年10月よりも前からとみて間違いないでしょう。

そんな翁長前知事は、自分がかつらであることを隠してはいません。

むしろ、周囲の人から『かつらがズレている』と指摘をされると『おぉ、そうか』と言ってその場でズレたかつらを直すこともあったほどです。

昔、ガンの闘病生活を送っている方の手記にこのようなものがありました。

【帽子やかつらは、髪が抜けた頭を隠すためではない。痛ましい姿を見せて周囲に心配をかけさせないためだ】

この方は、抗がん剤治療をしている姿を見て同情されると、強い心を持てなくなると言っていました。

翁長前知事もそうだったのではないでしょうか。

いくらバレバレのかつらだったとしても、痛ましい姿を見せずに知事としての職務を果たすことで、沖縄県のために尽力を尽くそうとしたのではないでしょうか。

翁長前知事が公的な場にかつらを被らないで出たのは2018年6月の沖縄慰霊の日のこと。

辺野古移設に反対する自分の気持ちは何があっても揺るがないことを主張した上で、自分がもう長くは職務を全うすることができないことを感じたために、かつらを取った姿で公然の場に現れたのでしょう。

翁長前知事と沖縄県との深いつながりとは?

翁長前知事は、沖縄県と深いつながりがあります。

出生地は沖縄県真和志村(現・那覇市)ということで、根っからの沖縄県民なのですね。

政治家としての活動も沖縄県内となっており、1985年に那覇市議会議員に当選してからは那覇市議会議員と沖縄県議会議員をそれぞれ二期ずつ勤め上げてきました。

その後は那覇市長を4期、そして前任の沖縄県知事に当選し、亡くなる直前まで知事として沖縄県に尽力を尽くしてきました。

そんな政治家一筋の翁長前知事は、親兄弟も政治家として活躍しています。

真和志村(現・那覇市)の村長を長らく勤めあげた父の翁長助静氏をはじめ、沖縄県議会議員を務める兄の助裕氏、さらには自身の次男である雄治氏は現在も那覇市議会議員を務める、まさに政治一家。

父である助静氏が築き上げた信頼を、翁長前知事や兄弟、そして息子が守り続けているのですね。

沖縄県に対する翁長前知事の愛は、地元でもあり自分自身を育ててくれた人たちに対する感謝の気持ちの表れなのでしょう。

翁長前知事はなぜこんなにも辺野古移設に反対しているの?その原動力は?

みなさんも知っての通り、翁長前知事は亡くなる直前まで辺野古移設には反対の姿勢を示していました。

この意思は、一度も揺らいだことは無いようです。

ですが、『なぜここまで…?』と思った人も多いはず。

正直、基地を移設するとなったら沖縄県には多額の資金が入ってきますよね。

実際、多くの都道府県では危険で市民からの賛成も得られなくても国として必要とされるために、安全が確保されることを条件に多額の資金を得て原発を稼働させている場所はいくつもあります。

その資金が元になり潤っている都道府県も正直、少なくありません。

そして、米軍基地も日本という国を守るためには、どこかには作らなくてはならないものです。

もちろん、沖縄県には多額の資金が提示されていることでしょう。

にもかかわらず、米軍基地を辺野古に移設したくないのは、翁長前知事が沖縄県全体を守りたかったからでしょう。

たとえば、米軍基地を辺野古に移設するとなると、少なからず埋め立てをしなくてはなりません。

美しい沖縄の景観や生き物たちに影響が出てしまうことは確実です。

また、沖縄県では在日米軍による飲酒運転での事故や婦女暴行が多発しています。

その被害に遭ってしまう沖縄県民を守るためにも、翁長前知事は基地が移設されて規模が大きくなることを防ぎたかったのでしょうね。

翁長前知事がどんな逆光にも立ち向かい辺野古移設を反対し続けられた原動力は、沖縄県に対する愛と沖縄県民からの信頼と後押しによるものでしょう。

翁長前知事の息子は那覇市議会議員?どんな人物?

翁長前知事の息子は現在、那覇市議会議員を務める翁長雄治氏です。

那覇市議会議員であるということは本当のようです。

ですが、あまりメディアには顔を出すことはありませんので、知らなかった人も多いのではないでしょうか。

正直、地方議員がメディアに顔を出すということはほとんどがスキャンダル。

そうでなくては、地方議員がひとりひとりメディアに顔を出すなんてことあり得ませんよね。

つまり、翁長前知事の息子である雄治氏は翁長家の名前に恥じない真面目で誠実な政治家と見て間違いないでしょう。

将来は、祖父や父の跡を継いで沖縄県を守っていく人物になっていくことを沖縄県民の誰もが期待しているでしょう。

まとめ

いかがでしたか?

沖縄県の翁長前知事について以下のようにまとめておきます。

・翁長前知事は娘も含めて中国人との黒い噂はガセネタ。とても信頼できる政治一家である。

・翁長前知事を襲った病はすい臓がん。命を削ってまで辺野古移設に反対を示していたのは、やはり故郷でもあり育ての親でもある沖縄県に対する愛によるもの。

・翁長前知事がかつらを被りはじめたのは、すい臓がんによる抗がん剤治療が始まった2015年頃からだと思われる。病気であることもかつらであることも隠さないで自然体で沖縄県に尽力を尽くした翁長前知事のことは、周囲の誰しもが応援をしながら後押しをしていた。

・政治一家の三代目である息子の雄治氏は現在も沖縄県議会議員として活躍中。将来は祖父や翁長前知事の跡を継いで沖縄県を守って行くことを自他共に望んでいるであろう。

以上が、沖縄県に尽力を尽くし今年、周囲の感謝に包まれながら生涯を閉じた翁長前知事についてのまとめでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
(女性ライター:F)

こちらの記事もよく読まれています


Sponsored Links